つぶあん日記

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104円訴訟の意義


1都3県が、飲食店の時短要請を
まだ延長するそうです。
主導しているのは、おそらくあの都知事でしょう。

感染対策と言えば、どんな暴挙でも許される。
″緊急事態″そのものへの疑問もさることながら、
なんのための″解除だったのでしょうか。

先日も書いた、
(株)〇ローバルダイニングの都への提訴。
訴訟額は、なんと104円だそうです。
時短命令による損害を一日1円として、
26店舗×4日間=104円。
つまり、利益が目的ではないということ。
(〇ローバルという名前が、ちょっと気にはありますけど)

訴訟内容と、社会的意義を示したサイトには、
『確たるエビデンスに基づかない東京都の対応について
司法の場できちんとした説明をしてもらうこと。
民主主義国家としてのあり方について、
社会全体で考えるための一石を投じ、
皆でよりよい社会に向かうきっかけとすること』
と記されています。


先日、仕事を終えた長女から
「お店が9時までになったから、
仕事の帰りに外で食事ができるようになった♪」と
メールがありました。

科学的根拠に基づかない愚策によって
迷惑を被るのは、飲食店のみならず、
仕事帰りに外で食事を済ませたい、会社員とて
同じではないでしょうか。


一企業が、行政を訴えることで
勝訴する可能性はおそらく低いでしょう。
提訴する側も、それを充分承知しての行動であろうと。
それでも、この104円訴訟が、
閉塞した社会に投げかける一石は、
大きいものがあると思います。

感染対策だから仕方がない。
私達国民が、いつまでもそういう意識でいる限り、
この気持ちの悪いマスク社会は終わらず、
人間らしい生活も、永遠に戻ってはきません。

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